新劇よりも新しい劇

明治以降、歌舞伎や能とは違う、スーツなどの衣装を着て現代的なことを題材にしたお芝居の事を「新劇」と呼ぶようになりました。

いまではそれからさらに進化し、新劇という言葉自体も古い考え方という風になってしまいました。

これから書く事は僕の日ごろの不満というか、愚痴なので読んでもあまり楽しくないかもしれません。
しかし、誰か一人でも共感してくれる人が居れば良いなと思いながら書きます。

サブタイも太字も入れないので読みにくいですがご容赦ください。


ちょうど今日、有名なとある劇団のお芝居を観にいってきました。
50年以上続いてる、喜劇を主に公演している団体です。

面白くなかった。

というのも、わざとらしいんです。大げさな表情に大げさな立ち振る舞い。
怯えたときは身を縮こまらせて、怒るときは腰に手を当てて。

確かに、大舞台で1000人もお客さんが入るような劇場では、小さな動作はお客さんに気づいてもらえないんでしょう。

しかし、わざとらしい。
共感は出来ない。まったく別の世界を見ているようで、他人事というか。
一歩引いた気持ちで観ていました。

これが50年やって行き着いた表現か。と思うと、感動できない自分の感性がおかしいんじゃないかと思いましたが、うーん。
お芝居に正解は無いんだろうけど、あの劇団のお芝居をもう一度見たいかといわれれば、もう十分です。

宝塚とか好きな人には良いのかもしれません。体全体で表現する感じはあそこらへんは基本が同じな気がします。(でも僕宝塚は好きなんだけどな)

なんとなく、芸術とか、伝統芸能のような形で演劇をやっている感じがします。
そういうのは、僕は苦手なんです。

僕が演劇に求めるものは「娯楽」です
一瞬の面白さやその場でしか体感できない興奮が演劇にはあると思っています。

だから理想は「コント」に近いのかもしれません。
小林賢太郎さん大好き。東京03さん大好き。

「ウレロ」シリーズも好きですね。最近は「漫画みたいにいかない」も大好きです。
これを演劇に入れて良いのか分かりませんが、少なくとも、僕にはこれらがとても面白く感じれたんです。

役者と芸人の違いが、昔よりあいまいになってきたような気がします。
今では、芸人が俳優業で多く活躍しています。

しかし、役者がM-1に出たって話は聞きません。出てるのかもしれませんが。

東京03さんの限りなくリアルな演技で普通じゃないシチュエーションを成立させるのが好きですし、
賢太郎さんの非日常が当たり前に存在している事を前提とした物語も大好きです。

演劇と何が違うんだろう。
品がないとか、芸術として認められていないとか。

どっちが正しいのかは分かりませんが、今、若い劇団がやっているのは、よりリアルで、大道具や小道具をなるべく使わないミニマルな演劇が多いです。

僕は大歓迎だし大好きです。これは、時代によるんじゃないかなと思っています。

まとめると、
明治以降の演劇を新劇と呼ぶが、昭和・平成でも劇の質は違うんじゃないか。
で、僕は、平成演劇が好き。っていうことですよ。
昭和の時代を生きてきた人はいわゆる「昭和演劇」がすきなんだと思いますよ。それはひとの好き好きです。


描いていて思い出しましたが、僕は以前ある高齢の演劇人から
「若い人はかわいそうね。お金が無いから舞台セットも作れない」
と慰められました。

かわいそうじゃないんだよっていうのを、ここで返事したいと思います。

昔は、紅茶を飲むという動作を表すときに、紅茶が舞台上に無いと表現できませんでした。
今は、飲むジェスチャーで表現できます。指の動きや、カップの持ち方、片方の手でソーサラーを持てば伝わります。
カップに飲み物を入れるところからやれば、それが紅茶なのかコーヒーなのか抹茶なのかウーロン茶なのかも分かります。(コーラかサイダーかをジェスチャーだけで伝えるにはどうしたら良いか、ちょっと検討中です)

今と昔で何が変わったのか。
お客さんの想像力です。
昔はジェスチャーでやってもお客さんは「持って無いじゃん」と思います。
今は「あ、紅茶を飲んでいるっていう事なんだな」と自然に想像してくれるのです。

これはドラマや映画などで、物語を見るという習慣ができたからだと思っています。

伝えられるのはジェスチャーだけじゃありません。王道というものがあります。

学園物。正義感。上級生。

いま、「生徒会長」と思いましたね。

学園物。番長。

力持ちで豪快な人物がなんとなく出てきましたね。

そういう前提がすでにあるから、キルラキルなんかは物語の説明を省いてめちゃくちゃ速く展開していったんです。

結論。
若い子はかわいそうじゃない。お客さんに恵まれた環境で芝居が出来る。
最高(でも金があれば大道具は作りたい)


芝居って人それぞれなんですよね。
かわいそうだねって言ってきた人も、僕を思ってそう言ってくれたんですよ。
最初に言った面白くない演劇も、人によっては「世界で一番好きな演劇」なのかもしれません。

誰かの最悪であると同時に、誰かの最高になりえるんです。
それがお芝居。お客さんに評価をゆだねる物のあるべき姿ですよ。

だから迷うんですよね。俺はどっちに進んだら良いんだろう。
あの人はこのままでいいって言った。でもあの人は変えたほうが良いって言った。
どっちが正解なんだ。

迷うんですよ。若ければ特に。人の言葉を素直に聞いてしまうから。
嫌いな人の言葉でも胸に残っちゃうんですよ。

でも迷ったときは、こう思えば良いんですよ。

「どっちも正解なんだから、どっちを選んだって間違いじゃない」

あとは選択の問題ですよ。


僕は選んだ。
お芝居をするためには、お客さんが必要だ。
でも、いま演劇を見に来る人たちはみんな演劇関係者ばかり。広い意味で身内ばっかりなんですよ。

どうしたらいいのか。考えてひらめいた。
演劇の関係者を増やせば良い。

統計は取れてるじゃないか。演劇に携わった人、携わってない人、どっちが芝居を観にいくか。
わかってるじゃないか。

演劇の初心者コースを作るんですよ。
稽古交流会を開いて、お芝居ってこんなに楽しいんだよって体験してもらうんですよ。
その上で、その人たちに演劇を薦めたら、観にいきますよ。もう他人事じゃないんだから。

まずは劇団を作る。
その劇団は、面白い稽古をして、いろんな劇団と交流をする。

演劇の楽しさを知ってもらえたら、実際にやってみる。舞台に立ってみる。台詞は一人一言でもいい。

そのあと、レベルの高い劇をみたら、彼らはどう思うだろう。
ただ暇つぶしで観劇する人たちとは熱量が違う。

きっと何かを自分の糧にしてくれるはずですよ。

それで芝居を続けてくれたらいい。役者人口が増える事は良いことですから。
観劇専門になってもいい。お客さんになるから。

悪いことは一切無い。
僕はそうやって、地方演劇界が盛り上がっていけば良いと思うし、
そのための努力はこれからもしていくつもりです。

これを見た人が一人でもこの気持ちに共感してくれて、一緒にやってやろうと思ってくれたら幸いです。